【壮絶人生】保阪尚希 通販王・料理研究家。そしてパレオダイエットとは?

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通販王 保阪尚希

1967年12月11日 静岡県生まれ、身長180cm 今年51歳。

はるか昔の話ですが、福山雅治、永瀬正敏、萩原聖人、とともに四天王と言われた保阪尚希。テレビで見る機会はかなり減った、もしくはその人誰?って思う人もいるかも知れませんが、今やテレビ通販で年商10億円の男と言われているのを知っていますか?1日に二億円近くを売り上げたとも言われる今や通販の帝王と言われています。学歴もなく、偶然?渋谷でスカウトされて芸能界デビューしたという強運の持ち主ではありますが、それだけでは語り尽くせない波乱の人生を歩んでいます。今は華やかな健康料理研究家、通販コンサルタントとか言われてますが、ここまでの道のりは相当な苦労だったようです。この苦労続きの経験が保坂に様々な才能を開花させるきっかけを与えたとも言えるかもしれません。保阪の半生と力強く生きるすごさを解説したいと思います。

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7歳で両親が他界

本人の著書で明からさまに綴られていますが、保坂がわずか7歳の時に両親が突然自殺するという悲運に見舞われています。自殺の前夜、いつもは両親と一緒に寝ていたのに、父親から「今日はおばあさんと寝なさい」とだけ言われ、その翌朝、目覚めた時には大勢の警察官が自宅に立ち入っていたそうです。亡くなられた両親とは会うことなく、その場で親戚の家に連れていかれ、後からテレビのニュースで事件を知るというドラマでも見ているのではないかというとてもショッキングなお話です。この時、保阪の妹さんはわずか2歳でした。

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祖母が倒れ、自立

7歳の保阪と2歳の妹を面倒見てくれていたのは祖母でした。しかし、この祖母も倒れてしまい、その時に叔母から言われた一言が保阪を変えます。祖母の一言は「あなたが迷惑をかけるから」だったそうです。7・8歳の少年の心にどれほどダメージを残した一言だったでしょうか。想像すらできませんが、保阪はこの時に「自立」を決意したと言います。

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9歳で時給200円

熱帯魚屋で日給200円でアルバイトをしたり、100円で釣った鯉を、デパートの熱帯魚店で500円で転売したりしながらお金を稼ぐことを覚え始めます。ハツカネズミをつがいで購入、ハツカネズミは一度に10匹の子を産み、一匹50円で売れる。購入時が300円だから確かに儲かる。しかし、利益率が低いことを考え、ハツカネズミからハムスターに切り替え、このときの稼ぎが小学生ながら30万円とのこと。そして、中学生の時には、学校の裏にあるイタリアンレストランでアルバイト。ホールには立てないので、裏側のお手伝い。この2年弱、今得意とされる料理の基本、イタリアンのメニューもこの場で一通り覚えたと言われています。アルバイトが禁止される中学校の裏側であれば、灯台下暗しでしょうか、逆に見つかりにくいという発想だったそうです。この発想も子供離れしていませんか?

15歳で貯金100万円・上京

中学生ながら貯金が100万円に到達。昨今、制度が見直されつつある扶養控除が年収100万円とちょっと。これと同額を中学生が稼いだだけでもすごいことなのに、さらにもっとすごいことに、70万円を祖母と妹の為に残し、30万円だけを持って上京しました。これで生きていけるのか?と誰もが思いますよね。しかしここからがさらにすごい。。

渋谷でスカウト

ここからが幸運の始まり。上京後、渋谷でスカウトされ、のちに、福山雅治、永瀬正敏、萩原聖人らとともに四天王と言われるまでの人気俳優になりました。ここまでの苦労が思わぬ形で報われた瞬間ではないでしょうか。その後、杉浦幸主演のドラマ「この子だれの子」で初登場します。以後も多くのドラマに出演、元ヤンキーとか噂されているようですが(確証はないそうです)、どこかで腕力も鍛えていたせいか、「元ヤンキーの芸能人の腕相撲対決」番組では優勝してしまうという意外な一面も見せています。

<初出演ドラマ>

<芸能人腕相撲大会>

女優高岡早紀と結婚、そして離婚

1996年結婚、中学生時代の腕を奮ってか、授かった二児の朝食は保阪が作っていたと言います。しかし、2004年高岡早紀の不倫によって離婚となります。不倫をスクープしたのは今流行りの写真週刊誌です。高岡早紀と布袋寅泰とのキス写真をスクープ。不倫のお相手はあの布袋寅泰。そう、当時から今井美樹と結婚している立場でした。布袋は釈明FAXをマスコミ各社に送っていますが、その内容に、保阪が激怒。

「火遊びが過ぎました」と「遊び」と書いてあったことに対して、「人の嫁に手を出しておいて、火遊びで済ます事は出来ない」と会見で語りました。布袋と喧嘩になっていたら、いくら布袋が背が高いとは言え、保阪が勝っていたでしょうね(笑)。離婚後も暫くは子供の世話を続け、また、2007年には1年間だけですが、仏門に入ることを記者会見で発表しています。両親の33回忌に合わせたそうで。何とも意味の深い行動だと思いませんか。

健康料理研究家・通販コンサルタントへ

保阪は30歳頃に体調を崩したことがあるそうで、命の危険もあったとか。この頃から健康食へのこだわりは人一倍になります。フードアナリストを本格的に勉強、更にこの経験に重ねて、鍋や包丁、フライパンなどの通販道を歩んでいくことになります。保阪がプロデュース商品については「健康に関することしか一切やらない」と宣言していました。子供の世話を自身がしていたこと、そして、主婦の立場に立って製品を生み出す発想。製品が次々にヒットしていくのも納得できますよね。そして、更にパレオダイエットをストイックの実践する芸能人としても有名、女性からの支持も広がっています。

パレオダイエットとは?

保阪の実践するパレオダイエット。「パレオ」とは、Paleolithic(旧石器時代)の略語。つまり、旧石器時代の食生活を意味します。原始人の食生活に立ち戻りましょうという意味ですね。例えば、原始時代は深海魚などは取れませんね。そういう魚は一切食べない。天婦羅や揚げ物に使われる小麦粉、原始時代には小麦がないので、揚げ物などは小麦を全て取り除いて食します。加工食品はもちろん、米やパスタなどの穀物、豆類も食べません。パレオダイエットで積極的に摂取するものは、肉、魚介類、野菜、ナッツ、フルーツなどのようです。パレオダイエットで積極的に食べるたんぱく質には、空腹感を満たす作用があるので、結果食べ過ぎないことになるとの考え方です。満腹中枢が早めに刺激されるので、必然的に食べ過ぎの生活から脱却できるんですね。

<メニュー例>

まとめ

2007年、保坂ブランドを立ち上げ、通販で年商10億円を稼ぐ男にまで上り詰めました。最高では一日に2億円近くを売り上げたこともあるそうです。人って、自分の生い立ちはコントロールできないですよね。保坂は誰かに強くされたのではなく、自身が強くならざるを得なかった。小さい頃、それは相当辛かったと思います。しかし、これを糧にして見事に生きにくどころか、多くの方に生きる勇気を与えてくれますよね。こんなことを言っては本人に失礼かもしれませんが、今の時代に一般的に求められること、高学歴がどうこうとか、「普通」って何なの?と思わされる保坂の生き方、これからも追っていきたいと思います。パレオダイエットにも挑戦です!

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