【政治】西宮市今村市長が記者に暴言!報道の自由vs言論の自由?市長のプライバシーは?

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昨年12月、福井県あらわ市長が市長室で女性職員とみだらな行為に及んでいたスキャンダルをとり上げましたが、今度は西宮市長がちょっとした騒動を起こしています。福井市あらわ市長の場合は味方する市民はほぼゼロ!(のはずですよね)、しかし、今回はどうでしょうか?暴言を吐かれたという読売新聞(記者)側は「報道の自由」を主張していました。しかし、我々一般国民からすると、「報道の自由」と言われても生活上意識することは少ないので、何の権利を主張しているの?と一瞬思ってしまいました。報道の自由とは、国民の「知る権利」に奉仕するものと言いますが、今回の件で言えば、記者は執拗に市長に質問することを国民に奉仕することと理解した結果なのでしょうか?「報道の自由」ってそもそも何なのでしょうか?「報道の自由」とプライバシーの侵害って表裏一体?そして、言論の自由との兼ね合いは?両者の主張を踏まえて考えてみたいと思います。

<期待を背負って市長に当選!>

騒動の発端は?

新年1月5日に同市役所にて行われた「仕事始め式」にて、次回5月の市長選には立候補しない、政界からの引退をほのめかす発表をしました。これについて質問を投げかけた読売新聞の記者に対し、そのあまりのしつこさ?から「殺すぞ!」みたいな発言があったことが騒動の発端となりました。

これに対して、読売新聞側は「威圧的な言動で取材を拒む行為は報道の自由を踏みにじる行為であり、看過できない」とし、市長に文書で謝罪を求める形で厳重抗議をしました。

両者のやりとりを振り返ると・・

記者「式での発言の意味合いを教えてください、少しだけでいいです」

市長「あれだけ長くしゃべっただろ」

記者「自分だけ発言して終わりというのは幼稚すぎませんか」

市長「しゃべるな、殺すぞ」

「このクソガキ、休みの日に俺の家まで来てんで!」

記者「それは取材しますよ」

市長「何が取材やねん、支局長に落とし前つけさせるからな」

市長の言うこともだいたいわかります。これに対して記者が使った「幼稚」という言葉。この言葉って適切なんでしょうか?こんな言い方されれば誰でも心に火がつくというか、そんな気がしてなりませんが。

市長の発言としては不適切ですが・・

市長はその後、不適切発言について謝罪しました。公人であるが故に、迂闊な発言をしてしまったことを詫びたわけですが、それでも、やはり前述の通り、市長の気持ちもわかる気がしてなりません。しかし、仕事始め式で話した内容から、政界を離れることは容易に想像できたはずです。西宮市民の期待を背負って市長の座についたのですから、この発言に対して、記者が改めて質問したい気持ちも何となく理解できますが、それでも、これ以上何を聞きたかったのでしょうか?とも思います。この式が行われる以前から、自宅まで取材に押しかけていたようですし、もういいじゃないか。。とも思えてきます。

一記者からの質問に対して、普通であれば市のトップがあのような反応は示すことは考え難いはずです。新人議員ならまだしも、ベテランですから、この報道以前からこの記者との間には特定の問題があったのだろうと想像する方がしっくりきます。そう、トランプ大統領が特定のメディアを攻撃するのと同じ形です。

政治家と記者は常に緊張関係にありますし、記者は、視聴者である我々から見ても、取材対象のプライベートなど気にすることもなく、「報道の自由」を盾に食らいつく職業ですよね。今回で言えば、あまりにしつこくされるので、イライラの限界に達してしまい、ちょっと本性が現れたしまった点は残念な気もしますが、それでもやはり週末まで取材に押しかけられていては我慢も限界だったのだろうと同情もしてしまいます。

市長も人間ですから

「公人なのだからあの対応はまずかった、政治家のやることではない」

一方では、「公人である前に一人の人間である」

など、色々な見方があるようです。

確かに、「殺すぞ」の一言はまずいです。しかし、国民には「言論の自由」もあります。この両方の権利がぶつかり合ったとき、どういう裁きが下るのでしょうか?

最近の週刊誌を始めとするメディアの報道ってヒートアップし過ぎている感がありませんか?例えば、ブームになりつつある不倫報道について。不倫自体を擁護するつもりはありませんが、今やホテルの廊下やマンションのエントランスなど、隠しカメラの設置場所は今までにないプライベート空間にどんどん食い込んで来ていますよね。「報道の自由」ってどこまでが許されるのでしょうか?「プライバシーの侵害」ってどこまでがプライバシーなのでしょうか?今回の市長の発言は「言論の自由」であるとの見方はされないのでしょうか?

我々一般市民から見ると、「報道の権利」という権利に馴染みがないので、権利主張されてもやはり腑に落ちません。今の日本は年々、報道の自由度ランキングが低下していると言います。2016年は世界で70位前後とのことです。プライベートを無視するような取材話があちらこちらから聞こえて来るにも関わらず、日本はこの自由度ランクを落とし続けているとはとても信じがたいです。国民の知る権利をメディアは過度に汲み取り過ぎて取材がエスカレートしているような気がしてなりません。私のような無知な人のために「言論の自由」と「報道の自由」、「プライバシーの侵害」について、メディアの見解を聞いてみたい!と思わされた出来事でした。

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